アステイオン

国際政治学

地政学的出来事を予測できなかった政治学は学問的危機に陥っているのか──ウクライナ戦争が提起する5つの論点(上)

2022年12月21日(水)08時08分
デイヴィッド・A・ウェルチ(ウォータールー大学教授)
世界地図

cokada-iStock


<中国台頭、トランプ大統領誕生、ロシアのウクライナ侵攻......。国際政治学者にとっても予測困難だった10年を振り返り、国際政治学という学問を再考する。『アステイオン』97号の「ウクライナ戦争が提起する五つの論点」を全文転載>


われわれ国際政治の研究者にとって、過去10年間は予測の難しい時代だった。

2012年に東シナ海の領土問題で、突然、中国が中国らしからぬ強硬姿勢を採るようになり、2014年にはロシアがクリミアを奪取した。2017年にはどう見ても大統領職に相応しくない上に、無謀きわまりない人物であるドナルド・トランプがアメリカ大統領になった。

そして今年のロシアによるウクライナ侵攻だが、これは領土不可侵、紛争の平和的解決、国境の尊重という国際社会におけるもっとも中核的な規範を侵害するものである。

このいずれも国際政治学者が予測していたことではない。この間世界の政治に関するわれわれのパラダイム、理論そして確信は繰り返し破壊されてきたのである。これではまるで、われわれが仕事をする上で一応は事足りると納得していた道具立てが、ここぞという時に突然役に立たなくなったようなものだった。

だからといって、われわれは仕事をやめたわけでもなかった。こういった出来事を予測するのに十分な知的資源がなかったのかもしれないが、事が終わってから、しばしばまったく相互に矛盾する形で、両立できない前提や言明や推測を、結局のところ極度に異なった世界観に基づいて、大きな顔をして説明することでよしとしてきたのではないか。

こういった驚くべき地政学的出来事が起こると、リアリズム、コンストラクティビズム(社会構成主義)、マルクス主義、ポストモダニズムなどが、自分たちのパラダイムに都合の良いような解釈を考え出す。

おかげで現在のところは学問的危機までには至っていないようだが、そうなってしかるべきだ。もし物理学が重要な事象を予測できず、事後的にまったく一貫性のない形で、手軽に何もかも説明するのなら、いったい誰が物理学を真面目に受け取るのだろうか?

以上の点がこの小論で私の取り組む問題だ。アステイオン編集部からは、現在進行中のロシア─ウクライナ戦争の中長期的な意味を考えるよう要請された。私に(おそらく誰でもそうだろうが)できる唯一の方法は、現在利用可能な知的資源に頼ることでしかない。

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