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ラッシャー貴子|イギリス

ロンドンに暮らす色鮮やかな野生のインコ、パラキート

 映画「アフリカの女王」が撮影されていた1951年に、ロンドン郊外の撮影所から逃げ出したという説もよく知られている。ハンフリー・ボガードとキャサリン・ヘップバーン出演のこの映画には、セットの一部としてパラキートが用意されたにもかかわらず、映画のどのシーンにもパラキートの姿は確認されていない。

 このふたつはほとんどの資料に載っている、ほぼ公式と言っていい都市伝説だ。どちらも芸能界が絡んでいるのが面白い。インコの派手な色やエキゾチックな印象、空を飛ぶ姿が華やかなショービジネスの世界や自由な芸能人を思い起こさせるのかしら。

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バードフィーダーでお食事中のパラキート。パラキートはたいてい群れているし、キーキーとにぎやかなので、近寄りがたいという小さな鳥の気持ちはよくわかる。日本でも野生インコが増えて同じようなことが起きているそうですね。(写真shutterstock.com

 都市伝説も面白いけれど、ロンドン近郊で最初に野生のパラキートが目撃されたのは1883年とわかっているので、残念ながらどちらも正解ではなさそうだ。実際には、19世紀からペットとして輸入されていたパラキートが家庭から逃げたか逃がされたかして野生化したという説が有力だ。

 あれ? でもペットの鳥をどうしてわざわざ逃がすのだろう? これには、20世紀に英国で二度にわたって起きたパロット・フィーバー(オウム病)の流行が関わっている。鳥を通じて感染し、インフルエンザのような症状を引き起こすこの病気で死に至ることもあったので、多くの家庭がペットの鳥を外へ放ったのだ。

 では、鳥かごから出されたパラキートはどうやって自然の中で生き延びてきたのだろう。大きな理由はロンドンの緑の豊かさだと言われている。王家の狩猟地だった緑地など8つの大きな公園、ヴィクトリア時代に作られた広い墓地、一般家庭の庭や菜園を含めて、ロンドンの約47%が緑に包まれている(2021年の統計)。パラキートは木の芽や花、皮までも食べるので、樹木さえあれば生きていけるし、巣になる木の洞にも困らない。

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ヴィクトリア時代に作られた墓地のひとつ、南西ロンドンのブロンプトン・セメタリー。大きな建物もあるものの、広い敷地の大部分にはひたすら緑と墓が広がっている。時間内なら自由に出入りできて、ほぼ公園と同じ感覚だ。(写真shutterstock.com_Salvador_Aznar

 もうひとつの大きな理由は、「この国の温暖な気候」だという。これにはすぐに納得はできなかった。確かにロンドンは雪もあまり降らないし、最近は猛暑に襲われることもあるけれど、冬の空気は頭皮にきんきん突き刺さるほど冷たいし、わたしは夏でもたいてい長袖で通している。それでも温暖と言えるのかな。

 この疑問を周りにぶつけていたら、ヨーロッパ各地への出張が多い友人が、「緯度はここより低いのにヨーロッパ大陸の冬はずっと寒いよ。ミラノなんて夏は耐えられないくらい暑いのに、冬はロンドンよりずっと寒くなる。地形も関係しているだろうけど、やっぱりメキシコ湾流の影響は大きいと思う」と話してくれた。わたしの体感とは別に、相対的に「英国の気候は温暖」のようだ。

 さらに見つけた情報によると、英国に持ち込まれたパラキートは、南アジアの中でも北インドや今のパキスタンから来たものが多く、ヒマラヤの高山暮らしにも順応できるらしい。なるほど、ヒマラヤで暮らせるインコなら、ロンドンでも生きられそうだ。

Profile

著者プロフィール
ラッシャー貴子

ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。

ブログ:ロンドン 2人暮らし

Twitter:@lonlonsmile

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