World Voice

ミャンマーでエンタメとクリエイトする日々

新町智哉|ミャンマー

ミャンマーで子供たちの笑顔と共に暮らすには

ヤンゴンの街中で花を売る子供たち 筆者撮影

おはようございます。
ミャンマーエンターテインメントプロデューサー新町がヤンゴンからお送りしております。
今日はホワイトデーという事ですが、日本と違ってミャンマーでは基本ホワイトデーというのは存在しません。
2月14日のバレンタインデーに男女双方が送り合うというシステムなのだそうです。

今日は今、私が考えている事をつらつらと書いてみようと思います。
特に大きなテーマがある訳でもなく何かのニュースについて深堀するという事もないのですが、何となく伝えたいこと、伝えなければいけない事があるので思いつくままに書いていこうと思います。
良かったらお付き合いください。

間もなくミャンマーに来て8年と7ヶ月になろうとしています。
本当に色んな事がありました。
いつの間にか自分も30代のおじさんから40代のおじさんへ変貌を遂げました。
来た当初、既に30代後半だった訳ですが、世の30代後半の人たちよりは若手みたいな動きをしていたのではないでしょうか?

何も持っていない自分だったのでがむしゃらに動くしかなかったのですが、それにしてもよくやっていたなと思います。
今の自分には絶対無理だと思います。
というかやりたくありません。
全力で避けると思います。

2014年のミャンマー、凄く活気がありました。
特に若い人たちにはその傾向は強かったと思います。
そもそも若者が凄く多い。
たまに日本に帰国した時に街で見かける若者の数の差に驚いた事がありました。
これはミャンマーで住むようになり、改めて日本に帰る事があったからこそ気付けたことでした。

あのままずっと日本で暮らしていても決して気付かなかったことだと思います。
ミャンマーで暮らすようになって1年もしない内に強く意識するようになったのが、
「ここが特殊なのでは無く、日本が特殊なのだ」
という事です。
ありとあらゆるところで日本は特別な国なのだなと感じることが多くなりました。

ミャンマー以外の国は住んだという程長くいたところはないので沢山の国と比べる事はできませんが、多様性に富んだこの国にいると祖国日本の事をそれまでと違う観点で見つめる事ができます。

自分が何故ミャンマーにいるのか?
何のために今ここにいるのか?
私の場合誰かに言われた訳では無く、自分で選んでここに来ているのでそのような問いが頭に浮かぶたびに「なにを言っているんだ」と思うところではありますが、同時に「本当に不思議な縁で今自分はミャンマーにいるな」とも感じています。

誰に望まれた訳でもなく勝手にミャンマーに来て、勝手に様々な苦労をして、勝手に死にかけて(笑)
聞けばびっくりするようなシネマチックな人生を送ってきました。
そんな人生なものですから、人並みに結婚して家庭を持つなどということは当分先だと思っていたのですが、もうすぐ二人目の子供が産まれるというこれまた不可思議な人生です。

そういえば、ミャンマーに来た2014年の私は、酷い腰痛持ちで朝昼晩痛み止めを飲まないとやっていられない身体でした。
日本で様々な治療をし「これでダメなら切る(手術)しかない」と言われ西洋医学は諦めて治療法を探し、最悪な段階(3時間以上は激痛で眠れない状態)は何とか越えたのかなという位でミャンマー生活は始まったのです。

そしてそこから半年で治りました。
原因は不明です。
今は腰痛で痛み止めを飲む事もありませんし、当時一日中付けていたコルセットはどこかで無くしてしまいました。
日本にいるときに様々な治療をしてくれた先生方にいつかこの話をしたいなと思っています。
きっとびっくりして面白がってくれるのではないかと思います。

そんな8年7ヶ月。
様々な子供たちにも出会いました。
私が来てすぐに産まれた知人の子がもう8歳になっています。
たまに会うたびにその子の成長に驚き、気分はもう親戚のおじさんです。

そして、最近始めたフラワー&バナナで更に色んな子供たちと出会います。
毎日の生活が苦しい子供たちです。
恐らくまともな家も無い子供たちです。
それでもこの子たちは笑っています。
きっと毎日笑っています。
毎日笑っているからたまたま出会った私と触れ合っている時にも素敵な笑顔を向けてくれるのだと思います。

この子達の笑顔の為に少しでも出来る事は無いかを日々考えています。
この笑顔に報いる為に、何か少しでもお返し出来るものは無いかと考え続けたいと思います。

ミャンマーの事を書き続け、その文字数がついに100万を超えました。
少しはミャンマーを語る者の一員として箔が付いたのではないかと勝手に思っています。
因みに、ミャンマーを語った言葉の数で言えばその何倍にもなる事だと思います。
ようやく8年と7ヶ月。
まだまだミャンマーとの付き合いは長くなりそうです。
語り代は充分。
きっとどこまで語っても語り切れない程の事がこれからも起こると思います。

つまりは一生語っているという事でしょうか。
エンターテインメントをど真ん中において活動していきたいと思っていますが、その為にも様々な角度から多様性溢れるこのミャンマーの魅力を伝えていけたらと、そんな風に思っています。
引き続き、ミャンマーに関わる活動にご注目いただき、応援していただければ幸いです。

それではまた。

 

Profile

著者プロフィール
新町智哉

映像プロデューサー。2014年からミャンマー最大都市ヤンゴンに在住。MAKE SENSE ENTERTAINMENT Co.,Ltd. GM。日緬製作スタッフによる短編コメディ「一杯のモヒンガー」でミャンマーワッタン映画祭のノミネートを皮切りに世界各国の映画祭で受賞。起業家、歌手、俳優としてもミャンマーで活動する。

Twitter:@tomoyangon
Instagram:tomoyangon
note:https://note.com/tomoyaan

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