コラム

欧米との協力関係の陰に潜む、インドのネット世論操作の実態とは?

2023年10月16日(月)17時00分

国外向けでは2019年にMetaがインドの企業や個人に関連するページとアカウントを大量の削除した。その後、インドに由来するテイクダウンをMetaは行っていないように見えるが、なかったのではなくテイクダウンを行ってもインドに配慮して公開していなかったことがワシントンポストの記事で暴露された。Metaにとって中露はもともと大きなビジネスになっていない国だが、インドにはMeta傘下のWhatsAppは5億人以上の利用者がいる。それがMetaの対応の鈍さにつながっているのだ。同じことはツイッター(現X)でも起きていた。

自国の圧倒的な市場規模と法的措置などを背景に圧力をかけるのは中国が使っている手だが、中国が多くの欧米プラットフォームを自国から排除していたのに対して、インドは招き入れたうえでコントロールしている点が異なる。

また、NGOのEU DisinfoLabは2019年と2020年に大規模なネット世論操作を暴いた。2019年には65カ国以上で265の偽メディアが明らかにされ、2020年ではメディアは750、116カ国と大幅に増加した。単なる偽情報を流布するだけではなく、実在あるいはすでに死亡している著名人を参加者リストに加えたり、実際にこれらのメディアに寄稿しているEU議員も存在していた。EU DisinfoLabはこの作戦を「Indian Chronicle」と名付けた。

この活動は国連とEUをターゲットにしていた。国連に対しては、2005年8月国連人権委員会、その後国連人権理事会が発足するとそちらを軸足とし、少なくとも10の国連公認のNGOがインドの企業グループが新インド、反パキスタン、反中国活動を繰り広げている。国連の議場で発言したり、イベントを行ったりしていたのだ。

EUに対しては非公式グループを作り、EU議会内や外部で会見やイベントを実施した。また、EU Chronicleというメディアを作り、11人のEU議員から論説の寄稿を受けた。

こうした一連の活動をインド国内および世界に拡散したのはインドの通信社ANI(Asian News International)だった。ANIはまた、これらの偽メディアへのニュース提供もしていた。

注目すべきは、EU DisinfoLabの調査結果はメディアに取り上げられたものの、EUおよび各国の行政や司法の動きが鈍かったことだ。

おそらく中露でこれと同じことが露見すれば、国家由来として批判される可能性が高いが、インド政府の関与についてはきわめて慎重で確認できないという結論になっていた。そのため、さまざまなネット世論操作に関する研究ではインドの国外に対する活動はほとんど取り上げられず、統計にも記載されない。もちろん日本のメディアではほとんど取り上げられていない。

欧米各国の慣例にのっとって申しあげておくと、筆者はインド政府が関与していると言っているわけではない。そもそも欧米の専門家たちが結びつけられない、慎重に判断すべきと言っているのだ。ただ、インドを利するような活動を行っているインドの組織が多数あることは確認されている。もしこれが中露だったら、中露の政府関与を指摘する人は少なからずいただろうというだけの話だ。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)など著作多数。X(旧ツイッター)

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