コラム

スウェーデンを翻弄するトルコ...NATO加盟「拒否権」持つ以上、絶対優位は揺るがない

2023年02月07日(火)17時00分
コーランを燃やす活動家

コーランを燃やす活動家のラスムス・パルダン(1月21日) FREDRIK SANDBERGーTT NEWS AGENCYーREUTERS

<スウェーデンが直面しているのは、自らの価値観を裏切ることなく、国家の安全保障にとって必要不可欠なNATO加盟という目的を果たさねばならないという難題だ>

スウェーデンの首都ストックホルムにあるトルコ大使館の前で1月21日、スウェーデンとデンマークの国籍を持つ活動家のラスムス・パルダンがイスラム教の聖典コーランを燃やすデモを行った。スウェーデン政府は従来より、表現の自由は憲法で保障されており、暴力やヘイトスピーチの扇動は許されないものの、人々が公に自分の意見を表明する広範な権利を与えている、というスタンスを取っている。

トルコ外務省はこのデモを反イスラム的なヘイトクライムだと非難し、表現の自由を口実にこれを許可するのは容認できないという声明を出した。

両国の価値観の相違は明白だ。それはコーラン焼却を表現の自由として許容するか、冒瀆として禁じるかの違いだけではない。個人の行動を国家が「検閲」することの是非においても異なる。

トルコはデモ後、予定されていたスウェーデンのヨンソン国防相のトルコ訪問中止を発表した。スウェーデン政府がデモを許可したことで「訪問は意義を失った」としている。一方スウェーデンのビルストロム外相は「わが国には広範な表現の自由があるが、表明された意見を政府や私自身が支持することを意味しない」と述べ、クリステション首相も「表現の自由は民主主義の基本だ」とした上で、「しかし合法的なものが必ずしも適切とは限らない」と述べた。

トルコは、自身がヘイトクライムと信じる行為を「検閲」しないスウェーデン政府を非難しているが、スウェーデンはたとえそれがどんなに嘆かわしい行為であろうと、憲法で保障された個人の自由を政府が侵害するのは許されないし、そもそも個人と政府は異なるという立場だ。

国防相のトルコ訪問は、スウェーデンのNATO加盟条件をNATO加盟国であるトルコと交渉するためだったようだ。スウェーデンが長年の軍事的中立政策から転換しNATO加盟を申請したのは、ロシアのウクライナ侵攻後のことである。

NATOの新規加盟には全30加盟国の承認が必要だが、トルコは承認の条件として、スウェーデン在住「テロリスト」のトルコへの引き渡しや「テロ組織」の活動の取り締まりなどを要求している。トルコのエルドアン大統領はデモの1週間前にも、スウェーデンとフィンランドが最大130人の「テロリスト」を引き渡さない限り両国のNATO加盟は承認しないと述べた。

両国は人道的見地から、トルコの少数派であるクルド人や反体制活動家、ジャーナリストなどを受け入れてきた経緯があり、その中にはトルコ当局に指名手配されている者も少なくない。スウェーデン最高裁は昨年末、そのうちの1人について、トルコへの送還は危険であり認められないと決定した。スウェーデン政府は司法判断を尊重すると表明している。

プロフィール

飯山 陽

(いいやま・あかり)イスラム思想研究者。麗澤大学客員教授。東京大学大学院人文社会系研究科単位取得退学。博士(東京大学)。主著に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『中東問題再考』(扶桑社BOOKS新書)。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

決算に厳しい目、FOMCは無風か=今週の米株式市場

ビジネス

中国工業部門企業利益、1─3月は4.3%増に鈍化 

ビジネス

米地銀リパブリック・ファーストが公的管理下に、同業

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、22年2月以来の低水準
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ」「ゲーム」「へのへのもへじ」

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    走行中なのに運転手を殴打、バスは建物に衝突...衝撃…

  • 7

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 8

    ロシア黒海艦隊「最古の艦艇」がウクライナ軍による…

  • 9

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 9

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story