コラム

政界を追われたジョンソンの道徳的寓話

2023年06月22日(木)13時05分

興味深いことに、僕が個人的に最もたちが悪いと思うジョンソンの発言は、イギリス国外ではほとんど知られていない。今年1月の英議会でジョンソンは、ライバルの野党・労働党のキア・スターマー党首に言いがかりをつけた。死後に性犯罪事件が明るみに出た元BBC司会者のジミー・サビルを、検察庁長官時代に起訴せず放置していたのではないかと、証拠も挙げずに指摘したのだ。

これは卑劣な誹謗中傷でとても「陰謀論者」的だ。ちょうどこの時期にジョンソン自身が強い非難を受けていたのとも無関係ではないだろう。逆境に置かれると彼は、最悪な部分をさらけ出す。

ジョンソンが「イギリスのトランプ」ではなく単に「トランプ的」である最大の理由は、現在の彼があまりに低評価を受けていることだ。自らの保守党からも、英議会からも、国民からも。

彼がリーダーに復帰できるとはとても考えられず、虚偽答弁を裏付ける調査報告書が発表された今となっては、尊敬できる「政界の長老役」になることすらあり得ない。対するトランプは、ホワイトハウスに返り咲く確率すら既に出てきており、バイデン米大統領の健康状態が急激に悪化でもしたらその可能性は劇的に高まるという状況だ。

イギリス国民は、2019年の総選挙でジョンソンの保守党が多くの票を集めて支持された時も、彼がリスク要因であることを承知していた。それでも人々がジョンソンの党に投票したのは、ブレグジット決定後の膠着状態を何とか終わらせたかったのと、彼の政策が許容できるものだったからだ。

人々は、首相を務めるうちにジョンソンも大人になるだろうと期待した。優れた弁舌の才能とトレードマークの熱い態度に見合うだけの、分別を身に付けるだろうと。

ところがそうはならず、彼は去って行った。きれいな話でも「ハッピーエンド」でもないが、ある種の道徳的寓話ではある。

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プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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