コラム

寒さと飢えで亡くなる人も...値上げと不況にあえぐ英国、過去10年で最大のストも発生

2023年02月02日(木)17時48分

英イングランド北西部ランカシャー州で暮らすバーバラ・ボルトンさん(87)は昨年12月11日、低体温症と胸部感染症と診断されて入院した。容体は悪化の一途をたどり、終末期医療を受けることになったが、1月5日に息を引き取った。主治医は「彼女の死は特に低体温症によって加速した。暖房がないためセルフネグレクトに陥った恐れがある」と指摘した。

バーバラさんは最近まで大手スーパーの薬局で働いていたが、生活費の危機で暖房を入れる余裕がないと漏らしていた。体の中心部の体温が35度を下回ると、意識・判断能力が低下する。食品価格も高騰している。ストを構えている教職員や国家医療サービス(NHS)の看護師の中には無料で食品を配るフードバンクに駆け込む人もいるほどの窮状だ。

この1年で牛乳50%、砂糖43%の値上げ

英国家統計局(ONS)によると、消費者物価指数(CPI)は昨年12月までの1年間で10.5%(前月は10.7%)も上昇した。持ち家の住宅費を含めたCPIHは9.2%の上昇(同9.3%)だ。CPIでは住宅関連サービス費が26.6%の上昇、食品・非アルコール飲料が16.8%、レストラン・ホテルが11.3%となっている。

牛乳、卵、ドッグフードの価格が急上昇し、小売り分析会社カンターによると、年間の平均食品買い物代金は788ポンド(約12万5500円)増の5504ポンド(約87万6500円)になる。ONSによると、この1年間の値上げ幅は牛乳50%、グラニュー糖43%、チェダーチーズ33%、卵30%、食パン21%だった。

労組発表ではストに参加した教職員は30万人。学校・カレッジ指導者協会が948校を対象に実施した調査では97%の学校で少なくとも一部の教職員がストに突入しており、授業が支障なく行われたのはわずか11%。80%は部分的に閉鎖され、9%は完全に閉鎖・休校になっている。政府発表でも公立高校の51.7%が部分的に閉鎖・休校する大混乱に陥った。

世論調査では学校閉鎖や休校に対処しなければならない父母の58%が教職員のストを支持している。また父母の51%が「教職員の給与は安い」とみている。全体では25%が教職員のストを強く支持しており、実に50%がスト支持派だった。しかしストによる混乱で最大野党・労働党の支持基盤である労組への不満が強まるのを待つのが与党・保守党の作戦だ。

リシ・スナク首相は下院答弁で「教職員には新任教職員に対する9%の賃上げと教職員のトレーニング、能力開発への投資を含めて、この30年で高い賃上げを行っている。子供たちの教育は重要であり、今日、教職員はストに参加せずに学校にいるのが当然だ」とスト参加者や労組を批判した。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか

ワールド

北朝鮮の金総書記、核戦力増強を指示 戦術誘導弾の実

ビジネス

アングル:中国の住宅買い換えキャンペーン、中古物件

ワールド

アフガン中部で銃撃、外国人ら4人死亡 3人はスペイ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 5

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 8

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 9

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 10

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story