コラム

「本物より本物らしい世界の終焉」を捏造した杉本博司

2022年09月09日(金)17時05分

再生と滅びの美学・終焉・死のテーマへ

改めて、杉本の活動を振り返ると、過去のシリーズのリメイクや《五輪塔》などのヴァリエーションや、彼が「何かを学び取り、その滋養を吸収し、私自身のアートへと再転化する為に、必要上やむをえず集められた私の分身(注4)」と呼ぶ骨董の数々と作品を組み合わせた展示も含め、杉本の活動が大幅に多様化するのは2000年代以降のことである。

まるで、病を克服し、再生を謳歌するかのような精力的な活動に対して、この頃より一気に数が増えた大規模な個展では、滅びの美学や終焉、死がテーマとなっていく。

2014年に筆者がパリのパレ・ド・トーキョーで企画した個展「今日 世界は死んだ もしかすると昨日かもしれない/ Lost Human Genetic Archive」は、総合芸術的に発展する杉本の活動を包括的に捉えようとした初の大規模な試みであり、彼の幅広い関心とタルボットや千利休、マルセル・デュシャンらへのオマージュも含み、杉本の個人体験史を色濃く反映。また、ホワイトキューブ空間を超えて、妄想から科学的・宗教的・芸術的関心を発展させる彼の創作の在りようとその多様な方向性を示唆するものとなった。

miki202209sugimoto-2-6.jpg

パレ・ド・トーキョーでの展覧会展示風景

ピカソの《ゲルニカ》で知られる1937年のパリ万国博覧会にあわせて「近代美術宮殿」として開館した同建物は、国立近代美術館や国立高等映像音響芸術学校、国立写真センターといった視覚芸術に関する機関の拠点として使われる一方で、第二次世界大戦中にはユダヤ系市民から没収された資産の倉庫に使用されたりもしている。

度重なる改装の痕跡を各所に残すその建物に最初に足を踏み入れた杉本は、そこに滅びの美を感じ取り、即座に未来からみた人類の滅亡に関する33のシナリオを提案してきた。

その際、特に、彼が興味を示したのが、直前の建築改装で発見された「Salle 37」という映画室である。過去の改装で封鎖され、長年歴史の中に忘れさられていた「開かずの間」は、まるで時間が止まっていたかのように、建造時の雰囲気を奇跡的に残しており、杉本はこの部屋に大いに触発され、ここで実に10年ぶりに「劇場」シリーズを再開。それが「廃墟劇場」シリーズ誕生となった。

起源に立ち戻ること・精神と技術を遺す表現とは

杉本の「末法感」は、直接的にはアメリカ同時多発テロの大惨事や東日本大震災の自然災害などを目の当りにしたことをきっかけとしているだろうが(注5)、2014年当時においては、虚像と実像の間を問い、時間の断片化、世界の模型化に取り組んできた杉本による、「本物より本物らしい世界の終焉の捏造」は、まだ荒唐無稽に捉えられる向きもあった。

注4. 杉本博司『歴史の歴史』新素材研究所、2008年、p.5
注5. 杉本と筆者は、2011年3月11日15時よりヨコハマトリエンナーレ2011の記者発表にともに出席予定だったが、その直前に東日本大震災が発生、会見は中止となる。また同様に筆者キュレーションによる京都市京セラ美術館での杉本の個展は、開幕直前にコロナ禍により延期の事態となった。

プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国企業、28年までに宇宙旅行ビジネス始動へ

ワールド

焦点:笛吹けど踊らぬ中国の住宅開発融資、不動産不況

ワールド

中国人民銀、住宅ローン金利と頭金比率の引き下げを発

ワールド

米の低炭素エネルギー投資1兆ドル減、トランプ氏勝利
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 7

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    日鉄のUSスチール買収、米が承認の可能性「ゼロ」─…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story