コラム

「悪」と呼ぶこと、呼ばないこと

2022年04月22日(金)13時15分

SPUTNIK PHOTO AGENCY-REUTERS (PUTIN), PASCAL ROSSIGNOL-REUTERS (LE PEN)

<「警鐘としての脱悪魔化」と「戦略としての脱悪魔化」の関係を考えておきたい>

フランス大統領選の1回目の投票が終わり、決選投票には現職マクロン氏と国民連合のルペン氏が残った。5年前と同じ組み合わせだが、接戦が予想され、どうやら今回はマクロン氏の大勝ともいかなそうだ。

強硬な反移民や反EUなどのスタンスから長く極右と形容されてきたルペン氏は、ここ数年、最右派以外の支持拡大を狙って「脱悪魔化」を推進してきたといわれる。

反ユダヤ主義やホロコースト否定で知られる党創設者の父、ジャンマリ・ルペン氏の除名を皮切りに、党名を国民戦線から国民連合に変更し、EUやユーロからの離脱路線を抑制してきた。猫好きなキャラクターなど、親しみやすさのアピールにも余念がない。

その一方で、外国人の両親から生まれた子供への市民権付与の中止、公営住宅入居などでのフランス国民の優先、公共の場でのムスリムによるスカーフの着用禁止など、移民やムスリムに対する極右的な姿勢は今なお不変だとの声も大きい。

さて、日本のSNSで「悪魔化」と検索すると、最近ではルペン氏関連のほかに、「ロシアやプーチン大統領を悪魔化するな」といった趣旨の書き込みが散見される。

ほかにも、琉球新報が掲載した「ロシア『悪魔視』に疑問」というコラムや、映画監督の河瀬直美氏が「『ロシア』という国を悪者にすることは簡単である」と東京大学入学式で語った祝辞も注目を集めた。

なぜ今こうした言葉が語られるのか。

一方だけでなくもう一方の言い分にも耳を傾けたい、どんなプロパガンダにも加担したくない、社会で広く共有されている見方には一定の警戒をしたい──しばしばそんな考えが見て取れる。

言うなれば「警鐘としての脱悪魔化」だ。

悪魔呼ばわりが誰かの「行為」どころか「存在」自体の否定であり、他者理解や交渉の根本的な諦めだとすれば、特定の民族や宗教の排斥はその典型だ。

同様に、プーチン氏自身が反対者を「口に入った虫」と非人間化し、その「浄化」を語ったことも一例かもしれない。他者の悪魔化に対する警戒は確かに必要だ。

だが同時に、そうした警鐘の言葉と、ルペン氏など政治指導者による「戦略としての脱悪魔化」との関係も考えておきたい。

プロフィール

望月優大

ライター。ウェブマガジン「ニッポン複雑紀行」編集長。著書に『ふたつの日本──「移民国家」の建前と現実』 。移民・外国人に関してなど社会的なテーマを中心に発信を継続。非営利団体などへのアドバイザリーも行っている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

TSMC、欧州初の工場を年内着工 独ドレスデンで

ビジネス

ステランティス、中国新興の低価格EVを欧州9カ国で

ビジネス

午前の日経平均は続伸、米株高で 買い一巡後は小動き

ワールド

ブラジルのサービス業活動、3月は拡大に転換 予想も
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 4

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 8

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 9

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 10

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story