コラム

ヒエラルキーの大逆転!インフルエンサーカップルが豪華客船難破で経験する極限状態『逆転のトライアングル』

2023年02月22日(水)17時36分

「自分を養えないような男と付き合うのは時間の無駄」

しかし、本作で最も重要な位置を占めているのは、男性モデルのカールだ。彼の存在は、ここまで書いてきたエピソードのインパクトに比べると地味に見えるが、彼の一挙一動からは目を離すことができない。

本作の導入部では、とある高級レストランで食事を終えたヤヤとカールのカップルが、支払いをめぐって口論を始め、それがタクシーの車内を経て、ホテルの部屋までつづいていく。カールは、売れっ子のヤヤが彼の何倍も稼いでいるのに、男というだけで彼が食事代を払うことに疑問を覚え、ふたりが対等な関係になることを望んでいる。

ホテルに戻ったヤヤは、そんなカールに本音を明かす。彼女は、自分が働けなくなったときに、自分を養えないような男と付き合うのは時間の無駄で、モデルを引退するのはトロフィーワイフになるときだけだと断言する。彼女にとってカールは、インフルエンサーのアシスタントに過ぎない。これに対してカールは、自分にホレさせてみせると宣言する。

そんなやりとりを踏まえると、クルーズにおけるカールの振る舞いや反応のひとつひとつに意味があるように思えてくる。

執拗に男性性とプレッシャーを掘り下げる

彼は、あるクルーが甲板で上半身裸になって煙草を吸い、ヤヤに気安く挨拶したことで不愉快になり、密かにスタッフの責任者にそれを報告する。それから間もなく、クビになったクルーが下船する様子をたまたま目にした彼は、どこか落ち着かないような表情を見せる。人気のインフルエンサーであるヤヤのおまけに過ぎない彼が、乗客の特権を行使すれば場違いな気もしてくることだろう。

カールは、クルーのことを報告したついでに、船内で販売されている指輪を見せてもらうが、その値段を聞いて沈黙するしかなくなる。そんな彼は、富豪が自分の写真を撮ってもらっただけで、お礼に船内で販売しているロレックスをプレゼントすると言い出すのを目にして、さらに委縮していくことだろう。

カールの変化は、船室でヤヤとふたりだけになったときの奇妙な振る舞いに表れている。彼は、夫が外出中に家に入り込んで、妻を誘惑するプールの掃除係を演じながら、ヤヤに迫る。しかも、カールではなくなった彼は、どこか解放されているようにすら見える。

そして、このようにカールの変化がつぶさに描き出されることによって、無人島のドラマが別の意味で興味深くなる。なぜなら、カールはイケメンであることから主導権を握るアビゲイルに指名され、救命艇のなかで彼女と夜を過ごすことになるからだ。

そこで思い出されるのは、ヤヤがカールに明かした本音のことだ。ある意味でカールは、ヤヤの本音を実行しているともいえる。カールのそんな行動は、クルーズにおける彼の変化と無関係ではない。オストルンドは、『フレンチアルプスで起きたこと』(14)や『ザ・スクエア〜』とは異なるアプローチで、これまで以上に執拗に男性性とプレッシャーを掘り下げている。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

内外の諸課題に全力で取り組むことに専念=衆院解散問

ビジネス

アングル:閑古鳥鳴く香港の商店、観光客減と本土への

ビジネス

アングル:中国減速、高級大手は内製化 岐路に立つイ

ワールド

米、原発燃料で「脱ロシア依存」 国内生産体制整備へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を受け、炎上・爆発するロシア軍T-90M戦車...映像を公開

  • 4

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 5

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 6

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 7

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 7

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story