最新記事

教育

一企業・一業界の「特殊な経験」だけの人に、社会人教授は難しい

2019年3月4日(月)16時35分
松野 弘(社会学者、大学未来総合研究所所長)

また、大学教授の研究活動には「批判的視点」が不可欠である。産業界を含めた様々な社会事象を批判的に捉え、時には政府・企業に対して警鐘を鳴らすことも大学に求められる重要な役割なのである。

このような社会に対する貢献(批判的視点による提言も含めたすべての貢献)を行うためには、伝統的な「学問の真理追求」の姿勢を守りつつも、同時に新しい時代に対応できる研究を行うことが求められる。

時代に即した実践的な学問を研究しつつも、常にそれがアカデミックな知識に裏付けられたものであることを自己検証し続けなければならない。この相反する視点を常に持ち続けること、すなわち「複眼的な思考」を持つことが必要なのである。

そうした特定の専門分野にとらわれることのない超領域的、かつ、ハイブリッド(異文化価値の融合)な視点を持つ研究者として、社会人教授が注目されているのだ。

社会人教授にはこうした学際的な「融合知」を生み出し、グローバル、かつ、多種多様な社会的課題に取り組み、その解決策を提言できる「ネオ・アカデミクス」(新しい大学知性人)となることが期待されているのである。

優れた社会人教授を招くことは、大学を活性化し、グローバル化させる1つの有効な手段となろう。

不適格な社会人教授を排し、優れた社会人教授を育成していくには

しかし、いうまでもなく、社会人教授であれば誰でもよいわけではない。学校教育法(92条[旧・第58条])において、「教授は、専攻分野について、教育上、研究上又は実務上の特に優れた知識、能力及び実績を有する者であって、学生を教授し、その研究を指導し、又は研究に従事する(学校教育法〔昭和22年法律第26号〕)」と定められている。

すなわち、大学教授の二大業務とは「教育」と「研究」の2つであると言えよう。単に知識を授けるだけでなく、学生の知的好奇心を引き出し、それを発展させる高度な知的能力が大学教授には求められている。

社会人教授は実務経験に基づく実践的な知識を評価されて大学に招聘されるケースが多いが、これらの経験や知識は、先に挙げた教育者としての能力には直接関係しない。

終身雇用型から能力中心型へ転換しつつあるわが国ではあるが、今でも1つの会社に定年まで勤めるサラリーマンが多数である。一企業、あるいは、一業界で積んだ「特殊な経験」を大学における「一般的な経験」に転換して学生たちに教えることは、社会経験のある社会人教授にとっては難しい課題である。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中