最新記事

オルト・ライト

オルタナ右翼のアイドル、マイロ・ヤノプルスが出版界に投げかけた波紋

2017年1月11日(水)17時50分
鎌田博樹(EBook2.0 Magazine)

マイロ・ヤノプルス 『Dangerous』

<オルト・ライト(オルタナ右翼)のアイドル的存在のマイロ・ヤノプルスが米大手出版社サイモン&シュスターと高額の出版契約を交わた。それに対して、The Chicago Review of Booksが「書評拒否」を発表するなど問題となっている>

 サイモン&シュスター社(S&S)が、オルタナ右翼のアイドルとして知られ、Twitterから永久追放されているマイロ・ヤノプルス氏 (33)と25万ドルの出版契約を交わしたことが報じられて問題になっている (Hollywood Reporter)。

「危険」な賭け

 ヤノプルス氏についてWikipediaは、ギリシャ系ハーフで「英国生まれのジャーナリスト」と紹介しているが、右翼ニュースメディア「ブレイトバート・ニュース」のテクノロジー、政治・社会・文化系記事のライターとしてポップ・スター並みの人気を得ている。キャラクターは矛盾に満ちており「退廃的な、知的な、同性愛者のファシスト」という言葉が違和感を感じさせない風貌と独特の言語感覚で病的な社会を魅力的に集約した人物だとはいえる。

【参考記事】トランプ次期大統領とともに躍進する右派ニュースサイト「Breitbart」
【参考記事】alt-right(オルタナ右翼)とはようするに何なのか

 6桁(数千万円台)の出版契約は流行作家並みのものだが、良識的な出版界ではこの「危険人物」の扱いに苦慮している。The Chicago Review of Booksは「書評拒否」を発表、他にも同調を呼びかけた。S&Sは12月30日に「弊社が差別とヘイトスピーチに寛容であったことはなく、ただ様々な著者たちの、時には論議を巻き起こすこともある多様な見解を、多様な読者に向けて出版してきた。本書中の意見は、企業あるいは従業員のものではない」という趣旨の声明を出している。

 S&Sの「保守系」ブランド、Threshold editionsから出版されるヤノプルス氏の320ページの著書 'Dangerous' は、3月14日の発売が告知されて宣伝が始まった。すでに予約だけでアマゾンの#1にランクされ、Goodreadsのレビューでは、予想通り、五つ星に一つ星が混じっている。S&Sの期待通り、CBS傘下の大出版社の「炎上商法」は成功への一歩を踏み出した。

 インターネットが火をつけた「ディス」や「ヘイト」の文化は、ついに「ポリティカルコレクトネス」が浸透していたメインストリームの出版にも登場した。儲かるからという以上の理由は必要でないようだ。20世紀の初頭は「ヘイト」が良識を圧倒した時代だが、奇しくも1世紀を経て同じ周期に入った。これは出版にとって目先の利益の機会が出現したことを意味する。版権切れで逆にドイツで解禁されたヒトラーの『我が闘争』(1925)は、昨年で85万部が売れた。同様な「ヘイト」現象は、「嫌中・嫌韓」本を売る日本の出版界でも起きており、これは世界的な現象。

 グローバリゼーションの後に絶望的な不況と戦争の時代が訪れた1世紀前の状況の再現である。マスメディアはこの状況にあって(お金の流れる方向に)流され、Webメディアはつねに玉石混交であり続けるが、出版は良識の仮面を外してでも明日なき「言論の自由」ビジネスにダイブする誘惑に抗しきれないだろう。 

Milo Yiannopoulos: What The 'Alt-Right' Is Really About (Full Interview) | Power Lunch | CNBC


※当記事は「EBook2.0 Magazine」からの転載記事です。

images.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

再送NY外為市場=ドル上昇、FRB当局者発言を注視

ビジネス

米国株式市場=S&Pとダウ上昇、米利下げ期待で

ワールド

米、イスラエルへの兵器輸送一部停止か ハマスとの戦

ビジネス

FRB、年内は金利据え置きの可能性=ミネアポリス連
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 5

    デモを強制排除した米名門コロンビア大学の無分別...…

  • 6

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    中国軍機がオーストラリア軍ヘリを妨害 豪国防相「…

  • 10

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 3

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 4

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 5

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 6

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 7

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 10

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中