最新記事

日朝関係

「日本は代が変わっても過去を清算せよ」金正恩が安倍首相に要求すること

2019年8月16日(金)15時10分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

金正恩はどうやら「前提条件なし」で日朝首脳会談に応じる気はなさそう KCNA-REUTERS

<日朝が国交正常化に向けて本格的な対話に入れば、必然的に過去の清算について話し合われることになる>

北朝鮮の「朝鮮人強制連行被害者、遺族協会」のスポークスマンは15日、朝鮮半島が日本の支配から解放されて74年となったのに際して談話を発表し、日本政府に対して過去の清算を要求した。

談話は「日本帝国主義が大陸侵略のためにおおよそ840万人余りに及ぶ朝鮮の青壮年を海外侵略戦場と死の苦役場に強制連行し、20万人の朝鮮女性を日本軍性奴隷に連れて行って悲惨な運命を強要し、100余万人を無残に虐殺した」と主張。

続けて「現実がこうであるにもかかわらず、日本政府は朝鮮人民に働いた全ての罪科に対して誠実に認めて反省する代わりに、過去清算の責任から逃れようとあらゆる卑劣な行為をはばかることなく強行している」と非難した。

さらに「日本の過去清算はしてもしなくても良い問題ではなく、日本政府が負っている国際法的、道徳的義務であり、代が変わっても必ず履行しなければならない歴史的、国家的責任である」と強調している。

日本の安倍晋三首相は北朝鮮の金正恩氏との日朝首脳会談について、前提条件なしに実現を模索する考えを表明している。しかしその後も、北朝鮮メディアはこうした対日非難を繰り広げている。それを見ると、北朝鮮の側はどうも、「前提条件なし」で首脳会談に応じる気はなさそうだ。

北朝鮮側の「前提条件」とするのは言うまでもなく、過去清算である。

日朝が国交正常化に向けて本格的な対話に入れば、必然的に過去清算について話し合われることになる。だが、安倍氏が言っているのは「前提条件なしで会う」というだけのことであり、その後どうするかについては言及していない。

金正恩氏とすれば、日本側が「前提条件なしに国交正常化交渉を始める」とでも言えばウェルカムなのだろうが、そのような展開はあり得ようはずもない。

さらに北朝鮮は、両国間での踏み込んだ形での安保対話を「前提条件」にするかもしれない。北朝鮮は、護衛艦「いずも」の空母化やステルス戦闘機の導入など、日本の軍備強化に神経を尖らせている。それはそうだろう。仮に米国との非核化対話が進展し、「虎の子」である核ミサイルを全廃するようなことになれば、北朝鮮の防衛力は一気に空洞化する。そのとき、強大となった自衛隊がすぐ隣に存在することは、脅威と言えば脅威である。

参考記事:韓国専門家「わが国海軍は日本にかないません」...そして北朝鮮は

日本と韓国の間には1965年の請求権協定があるが、日朝間にはそういったものは何もない。仮に、安倍氏と金正恩氏の会談が実現したとしても、そこで何らかの大きな進展が生まれる可能性はゼロに近いのだ。

参考記事:「何故あんなことを言うのか」文在寅発言に米高官が不快感

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「NKNews」からの転載記事です。

dailynklogo150.jpg



20240521issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年5月21日号(5月14日発売)は「インドのヒント」特集。[モディ首相独占取材]矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディの言葉にあり

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 3

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの過激衣装にネット騒然

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 6

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 7

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 8

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 9

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 10

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中