最新記事

ミャンマー難民

「帰国拒否」へ反発、おかしくない?──ミャンマー代表選手の難民申請

2021年6月29日(火)20時25分
志葉玲(フリージャーナリスト)

呆れたのは「日本は難民を受け入れていない」としてピエリヤンアウン選手が日本での在留を求めることは間違いとのヤフコメでの書き込みに、多数の「そう思う」との賛同クリックが行われていたことだ。このコメントは完全に事実と異なる。日本は難民条約に加盟しており、他の先進国に比べ桁違いにその数は少ないものの、毎年、難民を認定し受け入れている。明らかな間違いであるコメントがニュースに紐付けられ、上位に表示され、多数の「そう思う」がクリックされているという状況は、ヤフコメのあり方自体が問われるものではないか。Yahoo!によれば、誹謗中傷や差別についての書き込みに対する対策強化を行い、人員を投じてのパトロールやAIによる自動検知などを行っているとのことであるが(関連情報)、そもそもコメント数があまりに多い上、ファクトチェックまでには手がまわっていないのが実態だろう。

難民への差別を煽る政府機関やメディア

なぜ、難民受け入れに否定的な書き込みがネット上に溢れかえっているのか。それはやはり、政府やメディアが「外国人が増えると治安が悪化する」というメッセージを繰り返し発信しているからだろう。難民についても、法務省/出入国在留管理庁(入管)は「難民認定制度の濫用の多さ」を事あるごとに強調しているが、難民認定申請の審査における最初の振り分けにおいて、「明らかに難民ではない」とされるものは、申請全体の2~3%程度にすぎない。むしろ、自身が迫害されている証拠の映像記録を求めたりと(そんなものがある方がレアケースだろう)個別把握論を重視しすぎるなど、国際基準と乖離した日本の難民認定審査によって、他の先進諸国であれば難民として認定される人々が難民として認められないということが深刻だ。

メディア側の報じ方にも問題があるだろう。ピエリヤンアウン選手の件では、AERA.dotの記事(該当リンク)では、「もし、今回認めれば、政情不安の国から来日した選手が同じように難民認定を求める事例が殺到するかもしれない」「政府は難しい決断を迫られる」との一般紙の国際部記者の意見を紹介している。だが、上述したように、そもそも難民を受け入れることは条約上の責務であるし、仮に難民認定申請が殺到したとしても、それは個々の申請者の難民性を正当に評価すればよいことであろう(現在の入管にその姿勢自体がないことが問題)。また、同記事では、「難民受け入れのデメリット」として「治安が悪くなる」とさらっと書いているが、どのような根拠に基づいているのか。シリア内戦(2011年~)以降、毎年のように数十万人単位で難民を受け入れてきたドイツで連邦刑事局が2016年にまとめた報告書は、シリア、アフガニスタン、イラク出身者による犯罪率は極めて低いとしている。日本の場合、そもそも難民自体が少ないのであるが、在日外国人全体で見ても、在日外国人の人数はウナギ登りで増加しているのに対し、その犯罪件数に顕著な増加は見られないことは、警察庁の統計からも明らかだ。

紛争地の人権状況への乏しい理解、政府やメディアの発信する差別的なイメージ、インターネットによるヘイトの増幅効果...ピエリヤンアウン選手の勇気ある行動は、皮肉にも日本社会の闇も可視化した。それはこれまでも入管における人権侵害等で指摘され続けてきたことであり、日本社会のあり方が問われている。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

[執筆者]
志葉玲
パレスチナやイラクなどの紛争地での現地取材、脱原発・自然エネルギー取材の他、米軍基地問題や貧困・格差etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに寄稿、テレビ局に映像を提供。著書に『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共編著に『原発依存国家』(扶桑社新書)、『イラク戦争を検証するための20の論点』(合同ブックレット)など。イラク戦争の検証を求めるネットワークの事務局長。オフィシャルウェブサイトはこちら

20240521issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年5月21日号(5月14日発売)は「インドのヒント」特集。[モディ首相独占取材]矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディの言葉にあり

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

独VW、仏ルノーとの廉価版EV共同開発協議から撤退

ビジネス

米下院、貧困や気候問題の支出削減法案 民主党反対 

ワールド

米FRB議長がコロナ感染、自宅から仕事継続

ビジネス

グローバル株ファンドに資金流入、米利下げ期待受け=
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 2

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 3

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 4

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 5

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 6

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 7

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 8

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 9

    「香りを嗅ぐだけで血管が若返る」毎朝のコーヒーに…

  • 10

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中