最新記事

アカデミー賞

オスカーはキャンペーンがすべて、を覆して候補入りした『ドライブ・マイ・カー』の凄さ

2022年2月15日(火)17時37分
猿渡由紀

これらの試写の後には濱口竜介監督のQ&Aやレセプションも組まれていて、それは明らかにキャンペーン活動だった。しかし、ほかの候補作なら、同じことを何倍もの数こなしている。そして、あいかわらず、広告は見ない。何かの賞を受賞すれば「祝!○△賞受賞」と誇らしげな広告を出し、これからオスカーノミネーションの投票をしようとしているアカデミー会員の注意を引こうとするものだが、それもない。

すでに大きなものを業界にもたらした

今回作品部門に候補入りした10作品の中で、ここまでキャンペーンに頼らなかったのは、実に『ドライブ・マイ・カー』だけだ。もちろん、ほかの9作には、ディズニー、ワーナー、Netflix、アップルなど超大手がついているから、たとえ『ドライブ・マイ・カー』が頑張って小さな広告を出したところで、かなわかったとは思う。

国際長編部門を見ても、候補に入った『The Hand of God』はNetflixがあちこちに大々的に、『Flee』と『The Worst Person in the World』は北米配給のネオンがバナー広告などを出した。残り2本の候補作はほとんど何もしていない『ドライブ・マイ・カー』と『ブータン 山の教室』だ。一方、ペドロ・アルモドバルの『Parallel Mothers』(北米公開/ソニー・ピクチャーズ・クラシックス)や、アスガー・ファルハディの『英雄の証明』(北米公開/Amazon)は、監督が有名で、実績のある配給会社がそれなりに頑張って宣伝したのにもかかわらず、候補入りを逃した。

IMG_2171.jpeg

サンタモニカブルバードの「The Hand of God」の看板


そう思うと、希望が湧いてくるというもの。今や獄中の人となった元大物プロデューサー、ハーベイ・ワインスタインのせいもあり、オスカーはキャンペーンがすべてと信じられるようになってずいぶん久しい。しかし、投票者はしっかり見ているのだ。過去にも例はある。たとえば2016年のオスカーでは、シルベスタ・スタローン(『クリード チャンプを継ぐ男』)が助演男優部門で絶対視されていたのに、結局受賞したのは、ほかの仕事に集中してキャンペーン活動をやらなかったマーク・ライランス(『ブリッジ・オブ・スパイ』)だった。

とあれば、予算ではほかの9作品の足元にも及ばない『ドライブ・マイ・カー』にとって、最高のキャンペーンは、やはり作品を見てもらうこと。あとは、オスカー前に発表される、英国アカデミー賞、インディペンデント・スピリット賞、放送映画批評家協会賞などを通り押さえ続けることだろう。その結果、本番で受賞すれば、それは100%作品の力。いや、ここまで来られただけでも、十分そうだ。最後に勝っても、勝たなくても、『ドライブ・マイ・カー』は、大きなものを業界にもたらしてくれたのである。

アメリカのオフィシャル・トレーラー

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル下落、今週の米経済指標に注目

ワールド

原油価格上昇、米中で需要改善の兆し

ワールド

米、ガザ「大量虐殺」と見なさず ラファ侵攻は誤り=

ワールド

中韓外相が会談、「困難」でも安定追求 日中韓首脳会
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 5

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    「人の臓器を揚げて食らう」人肉食受刑者らによる最…

  • 8

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 9

    自宅のリフォーム中、床下でショッキングな発見をし…

  • 10

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 9

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 10

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中