コラム

米朝首脳会談は「筋書きなきドラマ」なのか

2018年05月29日(火)16時45分

しかし、両首脳とも様々な政治状況から完全に自由ではない。トランプ大統領は11月に来る中間選挙にむけて、国内における自らの支持を高め、米朝首脳会談を成功させるという成果を得ることが重要と考えている。他方、金正恩委員長は自らの権力基盤をかなり掌握しているとは言え、父である金正日総書記の死去に伴う権力委譲を正当化するために、外交的には最も重要で、先代からの「遺訓」である核開発、ミサイル開発をテコに米朝国交正常化を実現することが、権力を握る「神話」を作るためにも必要な状況である。これらの点から考えれば、両者が米朝首脳会談をなんとかして開催するという熱意があると見て良いだろう。

しかし(「ゆえに」と言うべきか)、両者とも相手に譲歩した形で合意を作ることは望ましい状況ではない。トランプ大統領は、既にイラン核合意を「最悪の取引」と批判し、イランが小規模ではあっても遠心分離機を保有し、濃縮ウランを手にしていることに加え、10年、15年といった期限(サンセット条項)がついているため、時が経てばイランが再度核兵器開発に邁進することを懸念し、核合意を破棄した。さらに、イランがシリアやイエメンにおいてシーア派民兵などを支援し、イスラエルに届くミサイルを開発しているにも関わらず、制裁を解除し、イランにそうしたテロ支援やミサイル開発をするための資金を与えたことも批判している。

これはトランプ大統領にとって、イラン核合意よりも甘い合意を北朝鮮との間に結ぶことは出来ない、ということを示唆する(もちろんトランプ大統領の独断で甘い合意でもよい、と判断する可能性はあるが)。イランと異なり、既に核兵器を保持する北朝鮮であるため、イランの時のようにウラン濃縮施設とプルトニウムを取り出しやすい重水炉建設の停止だけでなく、核兵器の全廃に加え、全てのウラン濃縮施設とプルトニウム生産施設を撤廃し、ICBMを含む、あらゆる弾道ミサイルを破棄させる、というのが基本的な合意のラインになるだろう。

他方、金正恩委員長とすれば、米国から敵視され、中国、ロシアに囲まれた状況で北朝鮮の体制を維持するためには自らが自立的な防衛能力を持たねばならないとして、過去数十年にわたって核兵器とミサイル開発を続けてきており、1990年代以降、たびたび飢饉に襲われてもその開発の歩みを止めず、数度にわたって「非核化」を約束しつつも、最終的にアメリカに到達する可能性のあるミサイルと、それに搭載出来るサイズの核弾頭を開発するまで、核開発を国家の中心事業として進めてきた。それだけにアメリカが求める「包括的かつ検証可能で不可逆的な核廃棄(CVID)」を受け入れることは北朝鮮を支える柱を失うこととなり、それを受け入れるのは極めて困難である。

しかし、同時に北朝鮮は核開発と経済発展の「並進路線」を、核戦力の完成を宣言したことで中止し、2018年からは経済発展に注力するという方針を打ち出している。そのためには、国連制裁を含む、全ての制裁を解除して経済発展に邁進する状況を作りたいという立場であることも確かだろう。つまり、北朝鮮は「非核化」を受け入れ、制裁を解除することに対するインセンティブもある。ただ、体制の安全を確保し、同時に「非核化」を受け入れるのは矛盾も多く、どこかで無理をしなければいけない戦略的目標になっていることも確かである。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

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