コラム

世にも奇妙なホワイトハウス公式文書

2018年11月26日(月)15時55分

サウジの国防費を超える契約

トランプ大統領のサウジ支持の根幹にはサウジによる武器調達契約があるが、この公式文書の第三パラグラフでも隠すことなくそれが語られている。


After my heavily negotiated trip to Saudi Arabia last year, the Kingdom agreed to spend and invest $450 billion in the United States. This is a record amount of money. It will create hundreds of thousands of jobs, tremendous economic development, and much additional wealth for the United States. Of the $450 billion, $110 billion will be spent on the purchase of military equipment from Boeing, Lockheed Martin, Raytheon and many other great U.S. defense contractors. If we foolishly cancel these contracts, Russia and China would be the enormous beneficiaries - and very happy to acquire all of this newfound business. It would be a wonderful gift to them directly from the United States!

(昨年の私のサウジアラビアへの交渉では、サウジは4500億ドルを支払い、投資することに合意している。これは記録的な額だ。これはアメリカに数十万の雇用を生み、素晴らしい経済成長を可能にし、更なる富をもたらす。この4500億ドルのうち、1100億ドルはボーイング、ロッキード・マーチン、レイセオンや他の偉大なアメリカの防衛企業からの軍事装備品の調達に使われる。もし我々がこれらの契約を愚かにも解除すれば、ロシアや中国が大きく恩恵を受けるだろう。そして彼らはそれを元に新たなビジネス基盤を獲得するだろう。アメリカから直接素晴らしい贈り物を贈ることになる!)

サウジからアメリカに投資される金額に関して、トランプ大統領はしばしば異なる数字を口にすることがあるが、さすがに公式文書である以上、間違った数字は書かないだろうと考えたいところだが、トランプ政権の公式文書に書かれている内容は、トランプ大統領の口から出てくる言葉と同様に信用が出来ない。とりわけここでは"my heavily negotiated trip"と一人称で書かれていることからもわかるように、公式文書とはいえ、トランプ大統領の個人的な書き物になっており、大統領自身が筆を執った可能性が高い。

仮にこの数字が正しいとして、1100億ドルが軍事装備品に使われると言うが、この数字はサウジの国防予算を遙かに上回る数字である。ストックホルム平和研究所(SIPRI)は2017年の国防予算を694億ドルとみている。1100億ドルが複数年にわたって支払われるものであることは間違いないが、イエメン内戦に介入する費用も含まれる国防予算の中でこれだけの支出をするのは並大抵のことではない。果たしてこの数字が本当にサウジがコミットする金額なのかどうか、疑問は残る。

シュレディンガーのムハンマド皇太子

第五パラグラフでは盛んにメディアで報じられて有名になった一文がある。


Representatives of Saudi Arabia say that Jamal Khashoggi was an "enemy of the state" and a member of the Muslim Brotherhood, but my decision is in no way based on that - this is an unacceptable and horrible crime. King Salman and Crown Prince Mohammad bin Salman vigorously deny any knowledge of the planning or execution of the murder of Mr. Khashoggi. Our intelligence agencies continue to assess all information, but it could very well be that the Crown Prince had knowledge of this tragic event - maybe he did and maybe he didn't!

(サウジアラビアの代表は、ジャマール・ハーショグジーは「国家の敵」であり、(テロ集団とサウジが見なしている)ムスリム同胞団のメンバーであると言うが、私の判断はそれらに基づいたものではない。これは受け入れがたい、ひどい犯罪だ。サルマン国王とムハンマド・ビン・サルマン皇太子はハーショグジー氏の殺害に関する計画や実行に関して知らなかったと強く否定している。我々のインテリジェンス機関は全ての情報の分析を継続しているが、皇太子はこのひどい事件に関して知っていたという結論になるかもしれない、知っていたかもしれないし、知らなかったかもしれない!)

ムハンマド皇太子の関与は大きな争点になっており、CIAは既に皇太子は殺害を指示したとの結論を出したと報じられているが、トランプ大統領はインテリジェンス機関の判断を知らされているにもかかわらず、皇太子の関与をどちらとも明言しなかった。いや、むしろ関与していたこととしていなかったことが同時に存在しうるような表現を使っている。物理の世界でよく知られている「シュレディンガーの猫(猫が生きている状態と死んでいる状態が同時に存在しうるという思考実験)」を彷彿とさせるような表現である。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story