コラム

「敵をぶった斬る」式極論の深すぎる罪

2022年07月30日(土)09時25分

HISAKO KAWASAKIーNEWSWEEK JAPAN

<過激に、強く、味方からみれば批判的な言葉を使って、相手の主張を小気味よくぶった斬っていく――こんなに分かりやすい「敵」がいると名指しされれば、何が悪いのかもよく見えてくる。だが、それだけだ。かくして複雑なはずの問題は単純化され、次から次にニュースは消費されていく>

今回のダメ本

ishidoweb02_220713.jpg
『主権者のいない国』
白井聡[著]
講談社
(2021年3月29日)


当コラムは最終回となる。約2年間続けてきて見えたことは極論の功罪だ。過激で、強く、敵を見つけて、味方からみれば批判的な言葉を使って、相手の主張を小気味よくぶった斬っていく。なるほど、こうした本を読むとスッキリして、喝采を上げたくなる気持ちもわかる。こんなに分かりやすい「敵」がいると名指しされれば、何が悪いのかもよく見えてくる。だが、それだけだ。

本書が話題になる理由にも通じるものがある。本書は極めてよくできたアジテーション演説集のような1冊だ。安倍政権は「歴史の汚点」であると白井は言い、根拠を列挙し、その1つ、1つに切れ味鋭い――と支持者が受け止めそうな――批判を並べる。章の中で、同じ主張を持つ人が盛り上がりそうな言葉を印象的に使い、最終的に「主権者たることとは、政治的権利を与えられることによって可能になるのではない。それは、人間が自己の運命を自らの掌中に握ろうとする決意と努力のなかにしかない」と情熱的な一文が掲げられ大団円を迎える。

彼が提示したい論点は分からなくもない。収録された中曽根康弘論など、もっと深く論じられそうなテーマもあった。だからこそ、もったいない1冊になってしまった印象を受ける。この本の特に現代の政治動向を論じた評論部分は、批判している安倍政権の特徴とよく似通っている。「お友達」政治を批判するが、この本の中で引用される多くは、極めて考え方が近い人々からのものか、安倍政権に批判的な言葉をピックアップし、自身の論の補強に使っているにすぎないからだ。

例えば、新型コロナを論じた箇所では、表層的な「検査と隔離」論が繰り出される。なるほど、安倍政権は確かにPCR検査拡充について後手後手に回ったし、そんな政権に対し批判的な医療者が実際に提唱していた対案だ。ツイッターやSNSでもこの手の批判が大量に出回った。一見すると理論的にも隙がなく完璧な対策に思える。だが、実際の社会での効果はどうだったか。

プロフィール

石戸 諭

(いしど・さとる)
記者/ノンフィクションライター。1984年生まれ、東京都出身。立命館大学卒業後、毎日新聞などを経て2018 年に独立。本誌の特集「百田尚樹現象」で2020年の「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞」を、月刊文藝春秋掲載の「『自粛警察』の正体──小市民が弾圧者に変わるとき」で2021年のPEPジャーナリズム大賞受賞。著書に『リスクと生きる、死者と生きる』(亜紀書房)、『ルポ 百田尚樹現象――愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)、『ニュースの未来』 (光文社新書)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか

ワールド

北朝鮮の金総書記、核戦力増強を指示 戦術誘導弾の実

ビジネス

アングル:中国の住宅買い換えキャンペーン、中古物件

ワールド

アフガン中部で銃撃、外国人ら4人死亡 3人はスペイ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 5

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 8

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 9

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 10

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story