コラム

新参の都市住民が暮らす中国「城中村」というスラム

2023年11月06日(月)16時55分
深圳市中心部の「城中村」とされる福田区崗厦村

深圳市中心部の「城中村」とされる福田区崗厦村。密集するアパートの家賃は破格の安さだ(筆者撮影・2023年8月)

<中国経済は「日本化」するか(2)>

第1回の最後で、中国の都市には住宅を所有できる階層と所有できない階層がいると書いた。住宅を所有できる階層とはどんな人たちであろうか。北京市、上海市、広州市、深圳市といった大都市の中心市街地に近いところで新築マンションを買おうとしたら日本円で1戸1億円は優に必要である。年収が少なくとも1000万円はないとこんなに高い物件は買えないだろう。ところが、中国の都市にはそこまでの年収はなくてもマンションを所有できる人たちがいる。それは1990年代前半までにこうした大都市の住民だった人たちである。

<画像>送電線もガス管も建物の外を這う密集した「スラム街」

その頃までは住宅は勤め先が従業員に支給してくれるものであった。決して広いアパートではなかったが、タダみたいに安い家賃を支払うだけでよかったし、夫婦共働きで運がよければ、夫婦がそれぞれの勤め先から住宅の支給を受け、1戸は人に貸して家賃収入を得る、なんてこともできた。1990年代後半に住宅の商品化が行われ、従業員住宅は、そこに住んでいる人たちに売却された。商品化が行われた初期であれば、日本円にして数十万円程度の格安値で払い下げを受けることができた。

こうして1990年代後半までにアパートを所有できた人はものすごく価値のある資産を手にしたことになる。何しろアパート1戸のお値段が20年余りで数十万円から1億円以上に高騰したのだから。住宅が老朽化して立ち退きを迫られるようなことがあればラッキーである。立ち退きの際に高額の補償金が得られるのだから。上海市では市中心部の古いアパートの住民に立ち退いてもらうために、その補償として市内のマンション4戸を与えたという話も聞いた。

一方、1990年代後半から後に大都市の住民となった人たちにはこうした資産はない。マンションを買うには高額所得者になるしかない。では高額所得者になれない新参の都市住民はどうしているのか? そうした人々の多くが住んでいるのが「都市の中の村(城中村)」と呼ばれる場所である。

都市の国有地の中にポツンと残された「城中村」

「城中村」とは何か? 国際的に通用する言葉でいえばそれはスラム街である。ただし、発展途上国のスラム街というと、その住民は廃品回収をして生計を立てているとか、無職だったり、薬物依存症だったりといったイメージが伴うが、中国の城中村の住民の多くは工場や建設現場で働くブルーカラー労働者や警備員、そして最近流行のフードデリバリーの従業員といった人たちのようだ。城中村の中で商店を営んだり、アパレル縫製工場などのビジネスを展開したりしている人々もいる。スラム街というと「街の吹き溜まり」のようなイメージがあるが、中国の城中村の住民たちは労働者や小企業主として都市の産業の重要な担い手となっており、この住民たちなしでは都市の経済が回っていかない。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナが米欧を戦争に巻き込む恐れ、プーチン氏側

ビジネス

商業用不動産、ユーロ圏金融システムの弱点=ECB金

ワールド

銃撃されたスロバキア首相、手術後の容体は安定も「非

ワールド

焦点:対中関税、貿易戦争につながらず 米中は冷めた
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 8

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 9

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story