コラム

岸田少年はどのように「ニューヨークで差別された」のか?

2023年02月15日(水)16時00分

岸田首相は荒井元秘書官のLGBTQ差別発言に関連して自らのNYでの体験に言及した Kim Kyung-Hoon-REUTERS

<被差別体験が政治家を志す原点だとしても、日米同盟強化を打ち出すのならその屈折を引きずるべきではない>

岸田首相は、自身の「(同性婚を認めると)社会が変わってしまう」という発言や、荒井勝喜元首相秘書官をLGBTQへの差別発言で更迭したことに関連して、2月8日の衆議院予算委員会で、「私自身、ニューヨークでの小学校時代に(日本人という)マイノリティーとして過ごした経験がある」と述べました。

この発言について、岸田氏は「まだ、こだわっているのか」という印象があります。というのは、このニューヨークでの小学校時代の経験について、かつて岸田氏は「政治家を志した原点」だと述べていたからです。

岸田氏は、2020年9月に出版した著書『岸田ビジョン』の中で、「アメリカでの差別体験」を語っています。通産官僚(後に政治家)だった父親の駐在に帯同した岸田少年は、小学1~3年までの間、ニューヨーク市クイーンズ区のパブリックスクールに通学していました。そこで、岸田氏は差別を経験したと話しています。

具体的には、クラスで動物園に行った時の話が紹介されています。教師から「隣の子と手をつなぐ」ようにと指示があり、岸田少年は隣にいた白人の女の子と手をつなごうとしたそうです。しかし、彼女は眉をひそめ、一向に手を繋いでくれなかったというのです。その時の彼女の表情を岸田氏は今でも鮮明に覚えており、この出来事が「政治家を志した原点」だというのです。

被差別体験が政治家の原点

それにしても、「政治家を志した原点」というのは重大です。もちろん、差別のない世界を作りたいという意味での「原点」かもしれず、そうであれば立派なことです。また、岸田氏の「被差別体験」が、アメリカへの屈折した感情となることで、対米外交の上で判断を誤るという可能性は少ないと思います。

ですが、日本の首相が、少年期にアメリカで「差別を受けた」とし、それが「自分の政治家を志した原点」だというのは、やはり深刻な問題です。なぜかと言うと、そのエピソード自体が国の威信に関わるからです。

国の威信と言うと少々大げさですので、もう少し具体的に考えてみましょう。仮に1960年代の前半にニューヨークのクイーンズで、当時の岸田少年が「白人の女の子」に差別を受けたとしたら、大きく分けて2つの原因が考えられます。

まず想起されるのが「大戦の遺恨」です。戦後まだ20年を経ていない当時は、アメリカ社会には「旧敵国日本」へのネガティブな感情が色濃く残っていた時代です。少女の場合、その父親または親族が太平洋戦線の帰還兵であった可能性はあるし、親族に戦没者がいたかもしれません。

仮にこの旧敵国への悪感情があったとしたら、2023年の今日、これを和解へ持ち込んでおくことは必要です。戦後日本が西側同盟の一員として、そして平和国家、民主国家として模範的な歴史を辿ったことに胸を張りつつ、岸田少年が受けた屈辱を清算することは大切なことです。日米離反工作に対して強い対抗措置になるでしょう。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

マーケット無秩序なら政府が必要な対応取る=神田財務

ワールド

ガザ休戦案へのハマス回答は前向き=仲介国カタール

ビジネス

スイス中銀、資産トークン化決済の最適化を積極検討=

ビジネス

米FAA、ボーイング787の調査開始 検査記録改ざ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表...奇妙な姿の超希少カスザメを発見、100年ぶり研究再開

  • 2

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    メーガン妃を熱心に売り込むヘンリー王子の「マネー…

  • 7

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 8

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 9

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 10

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 5

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story