最新記事

BOOKS

「俺のことわかる?」自分の彼女を殺した犯人に面会に行った男性が、知りたかったこと

2022年7月22日(金)18時20分
印南敦史(作家、書評家)

殺人犯との面会という手段をなぜ選んだのか

したがって本書ではまず、件の「中野劇団員殺人事件」が掘り起こされる。そこに記されているのは、現実を目の前に突きつけられた宇津木氏のさまざまな思いだ。読み進めていくと、読者は多少なりとも苦しさを感じるかもしれない。

それでも読む価値があると断言できるのは、高木氏が言うところの"声なき声"が、そこにはっきりと表現されているからだ。

例えば強く印象に残ったのは、宇津木氏が東京拘置所に出向き、収監されている犯人(戸倉)と面会した場面だ。殺害された女性の彼氏だと知られると面会を謝絶されるのではと考え、関係性の欄に「事件関係者」とだけ記した結果、面会は受け入れられたのだった。

しかしそれは、恋人を殺害した人物と対面することにほかならない。だとすれば当然、自らの心の傷をえぐられる可能性がある。そうと分かっていながら、なぜ彼は面会という手段を選んだのか。

それは、「とにかく彼と対峙し、目を見て、耳で聞いて、その所作や声色からコトの真偽を判断するため」だったという。


 アクリル板越しに向き合い泰蔵が鋭く睨みつけると、戸倉は驚いたような表情を浮かべた。しかし「誰ですか?」などの質問はもちろん、「えっ?」などとも感情を言語化はしない。終始無言のままだ。
「だから『俺のことわかる?』って聞いてやったんです。言葉が乱暴になったのは、恋人を殺した相手に敬語を使うのも嫌だったので」。
「反応はありましたか?」。
「何も答えなかったから、『わかんないんだ、まあいいや』と質問を切りました。そして畳みかけました。『全部話した?』『検察や弁護士に話してないこともあるんじゃないの?』って。答えないまでも、だんだん形相が変わってきましたよね。驚いた顔から、ちょっと眉間にしわを寄せ気味な感じに。僕が負けじと睨み返すと、視線を逸らして目が虚ろになっていった。だから僕は、逃げるなよと言わんばかりに相手を覗き込み、目を合わせ続けたんです。(42~43ページより)

犯人は、自分が殺害した女性と親しい人物が目の前に現れたことに気づいた。すると面会時間の15分が終わるのを待たず、視線を遮るかのごとく刑務官に「すいません、面会を中止してください」と告げた。発した言葉はそれだけだったが、宇津木氏は真相を追い求める思いをさらに強くしたという。

最終的に、犯人は無期懲役が確定。事件から3年8カ月が過ぎていた。「現実的に考えられる刑のなかでは最高の形だったと思っています。まあ、一応ですが、刑にだけは納得してますよ」と思いを述べるも、宇津木氏は悔しさを滲ませた。言うまでもなく、最高裁の判決をもってしても、事件の真相が葬られたままだったからだ。


 だから僕も終われなかった。僕だけ取材をやめることができなかった。とは別に、できれば役者の道に戻ってほしいと願うようになっていた。人の痛みが表現できる役者になれるのでは。彼女もそれを望んでいるのでは。これだけつらい思いをしてきたのだから。
 手始めに、少しでも昔の感覚を取り戻してほしいと、ユーチューブ動画のナレーションを頼んでみた。そこでできあがったのが、ユーチューブ『日影のこえ』だ。(54ページより)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか

ワールド

北朝鮮の金総書記、核戦力増強を指示 戦術誘導弾の実

ビジネス

アングル:中国の住宅買い換えキャンペーン、中古物件
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 9

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中