コラム

自分が「聞き上手」と思っている人ほど、他人の話を聞いていない

2021年08月10日(火)20時15分

私もよく取材をするのだが、マーフィがこの本に書いているような努力をしている。たとえば2016年にトランプ候補の政治集会を取材して記事を書いたときのように、自分とは政治的に異なる立場にある人の話を聞く機会はよくある。偽情報をそのまま繰り返している人の話をそのまま聞くのはしんどいが、それでも相手の話をさえぎったりせず、相手が「共感してもらっている」と感じるように話を引き出している。

それは、この本に書かれている人質交渉のテクニックに通じるとも思った。でも、日常生活でそれがいつもできているわけではない。自分が好きな本の話題になり、つい熱がこもってしまって自分が話したいことばかり話してしまって反省することもしばしばある。

アメリカ人の親友とのウォーキング中の会話でも、「この間旅行に行ったんでしょう?どうだった?」と尋ねられてつい話しすぎている自分に気づくことがある。気づいたらストップして「あなたのお嬢さん、新しい職場は気に入っている?」と話を戻すよう気をつけている。先日その友人が「今日は私のことばっかり話ちゃったわ。ごめんね」と言っていたが、私にとっては嬉しい言葉だった。

日本人も「聞き上手」ではない

「聞く力」は仕事に役立つだけでなく、恋愛や、良い家族関係の維持にも役立つ。この本にもあるように、子供は成長し、伴侶も変わっていく。だから相手のボディランゲージを含めてしっかり聴く努力をしなければ良好な関係を維持することはできない。私自身の体験からも、この部分の大切さを多くの人に知ってほしいと思った。

日本人はアメリカ人のように公の場で相手をやりこめたりしないし、この本にもあるように沈黙にも慣れている。けれどもそれは「聞き上手」とは違う。ただ単に自分の意見を公の場で口にするのが怖いだけだ(その影響も含めて)。ふだんの生活だけでなく、ソーシャルメディアでも相手の話に耳をすませていない人だらけだ。この本の1章に "「話を聞かれない」と孤独になる" という部分があるが、日本にはそういう人たちが多いのではないだろうか。そういう世の中で聞き上手になったら、きっと自分だけでなく、多くの人の心を救えるような気がする。

篠田真貴子さんの監訳で邦訳版が発売されたので、原書が読めない人もぜひ手にとってほしい。


プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 8

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 9

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story