コラム

変わり続ける今の世界で、柔軟に信念を変えていく生き方のススメ

2021年04月15日(木)15時20分

私たちが自分ではない人と対話や討論をするとき、preacher(伝道師/説教師)、prosecutor(検事)、politician(政治家)という3つの専門職のマインドセットになりがちだとGrantは言う。自分の信念が脅かされたときには人は説教師になって他人を説得しようとする。また、他人が間違ったことを言っていると思ったらそれを批判し、追及する検事になる。そして、皆から認められたいときには政治家になる。

ソーシャルメディアを見ていると、Grantの書いていることがよくわかる。新たなことを学び、自分の考え方を変えていくためには、それらの3つの職業ではなく、科学者のように考えるべきだというのがGrantの提案だ。

この本の中で特に興味深かったのがVaccine Whisperersだ。ワクチン反対派のお母さんに説教して説得しようとするのではなく、彼女たちに質問をして耳を傾けるという方法で母親が子供のワクチン接種を自主的に選ぶようになるというものだ。やりこめて考え方を変えさせるのではなく、相手が科学者のように考えることを促し、自分で結論を導いてもらうのだ。そういうinfluential listeningやmotivational interviewingは、身につけてみたいテクニックだ。

選挙のたびによく見かけるのが、何十年も信念を変えない政治家を評価し、「あの候補は20年前に同性婚に反対したのに、今ごろ賛成している。信用ならない!」と非難する人たちだ。けれども、私は新しい情報やエビデンスに基づいて考え方や政策を変えていく政治家のほうが信頼できると思っている。世界はどんどん変わっているのだ。過去の自分の信念が間違っていたことを認めて成長する人のほうが評価されるべきではないだろうか?

ホワイトマウンテンで私達が危険な状態に陥らずに引き返すことができたのは、夫が自分の信念を柔軟に変えるthink againができる人だったからである。それは、私たちが毎日いろんなトピックで討論を交わして「異なる意見を聞き、その情報に基づいて自分の意見を柔軟に変える」練習をしているからでもある。トレイルについて夫は「君のほうが正しかった」と即座に認めてくれたが、お互いに「あれは私が間違っていた。あなたが正しい意見を言ってくれて助かった」と言い合っていると、間違いを認めるのはそんなに難しくはなくなる。

考えを柔軟に変えていける人と、それを評価する人が社会で増えていったら、もっと人々は自分の間違いを認めやすくなるだろう。そういう意味で、多くの人に読んでもらいたい本である。


プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 7

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 8

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの…

  • 9

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 8

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story