コラム

英王室から逃れたヘンリー王子の回想録は、まるで怖いおとぎ話

2023年01月14日(土)15時30分

ヘンリーの回想録とこういった現状を見ると、カミラはシンデレラや白雪姫に出てくる典型的な「意地悪な継母」である。あまりにもそのものなので、指摘するのも躊躇するくらいだ。こういった寓話では、主人公が命を失わないためには、継母の影響が及ばない場所に逃げるしかない。つまりヘンリーがやったことは、シンデレラや白雪姫と同じことなのである。そう思えば、すべて納得できる。

ヘンリーとメーガンが無垢な白雪姫だと言っているわけではない。彼らには彼らなりの欠陥があり、失敗もおかしただろう。しかし、読者は肝心なところを忘れてはならない。それが誰であれ、人は安全に生きる権利があるのだ。12歳のヘンリーは母を救うことができなかった。けれども、30代後半になったハリーは12歳の時にできなかったこと、つまり「自分が愛する人を守る」ことを実行したのだ。兄や父、そして祖国を失うことを覚悟で。それは、尊敬に値する行動である。

執筆を援助したのは、アンドレ・アガシの素晴らしい回想録『Open』(拙著『ジャンル別洋書ベスト500』に収録)でゴーストライターを務めたJ. R. モーリンガーである。ユーモアや呆れるような告白を交えたヘンリーらしさを失わずして、時には詩的とも言えるシーンを再現しているのは、モーリンガーの手腕であることは間違いない。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

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